父の日イメージ

子どもたちからの父の日のプレゼント

毎年父の日になると、妻と子供たちが「お父さんいつもありがとう」と言ってパーティを開いてくれていました。
食卓には私が好きな物が並び、ビールやワインも普段より少し高級な物を用意してくれていました。
子供たちはお小遣いを貯めて自分たちでお金を出し合い、高額ではないけれどボールペンやキーホルダーをプレゼントしてくれていました。
仕事が忙しく子供たちと出かけることも少なく、決していい父親ではありませんでしたが、妻がいつも「お父さんは皆の為に頑張ってくれているんだから寂しくても我慢しなさいよ」と言ってくれていたおかげもあり、子供たちもいつも私に感謝してくれていました。
娘が中学に入学する頃、頼りにしていた妻が交通事故で突然他界してしまいました。
子供たちも私も悲しみに暮れ、自暴自棄になりそうにもなりました。
仕事一筋だった私が、突然2人の子供、しかも一人は思春期にさしかかる娘で難しい年頃の子供たちの面倒を一人で見なくてはならなくなりました。
家事なんてしたことがなかったので、掃除洗濯だけでも大変な重労働でしたし休日に行う様にしていたので、家の中は妻の生前に比べると荒れ放題になっていきました。
子供たちからは「ダメなお父さん」とレッテルを貼られるようになり喧嘩も絶えなくなりました。
そんな状況が3年ほど続き娘は高校生、息子は中学生になった年の父の日に突然「お父さんいつもありがとう」と、パーティを開いてくれました。
妻が他界して以降の3年間は喧嘩も絶えない毎日だったのにどうしたものかと驚きを隠せませんでした。
娘から「今まで甘え過ぎていたよ。お母さんがいなくなったのは、お父さんのせいではないのにね。私たちも大きくなったんだからお父さんにばかり頼っていてはダメだと思うの。これからは、家事は分担するようにしようね。お父さん、痩せたんだもん」と言われました。
仕事と家事で忙しく自分の体調を気遣うことがありませんでしたが、子供たちに痩せたと言われて初めて気づきました。
私の体調が悪いのではないかと子供たちは心配したようで、父親までいなくなったら悲しいと思っていたのです。
父の日は自分たちの思いを伝えるいいきっかけになると思い、この日に不格好ながらも子供たちが手料理を作ってくれていたのです。
昔、妻が用意してくれていたのと同じ料理でした。
味はもちろん、妻にはかないませんでしたが、それでも父親として認めてくれていると思うと嬉しくて涙が止まりませんでした。
それから毎年父の日には子供たちが感謝の気持ちを込めてお祝いをしてくれています。
社会人になり、独立して家を出ていきましたが優しくて頼りになる人間に成長してくれたことを誇りに思いますし、妻の教育のおかげなので感謝しています。

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